誰でも「天才」になれる明確な方法論――「無意識」を使ったアプローチ

誰でも「天才」になれる明確な方法論――「無意識」を使ったアプローチ

天才とは無意識を上手に使っている人、凡人とは無意識の使い方を知らない人である

天才と凡人の間を分けるもの

「天才と凡人とを分ける真の要因」について考えを巡らせたことがある人は多いだろう。

私は、天才と凡人とを峻別する真の要因は「無意識を上手に使っているか否か」であると思う。

重たる要因は色々あると思うが、基本的には「無意識を上手に使える人=天才(と呼ばれる)」「無意識の使い方を知らない人=凡人」と考えている。

※この記事では天才という言葉の定義、凡人という言葉の定義については深入りしないし、また「天才と凡人どちらが幸せか」という議論にも立ち入らない。とりあえず「一般的なレベルとはかけ離れている人」「多くの人から称賛されるような業績をやすやすと達成してみせる人」くらいに認識してもらえれば良い。

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無意識の性質

まずは、この動画を貼っておく。

「無意識とはどういう性質を持つものか」

「無意識をどう使えばいいのか」

について、カーネギーメロン大学でPh.Dを取得した認知科学者(人間の認知システムや脳の仕組みについて研究する学問分野)である苫米地英人氏が語っている動画だ。

ちなみに、苫米地氏も間違いなく「とてつもない能力の持ち主」であることは疑いがない。

一応事実だけを並べておくと、苫米地氏が所属していたのはイェール大学→カーネギーメロン大学(いずれも大学院)で、現在はカーネギーメロン大学のフェローを務めている。要するに、欧米の正真正銘のトップスクール(カーネギーメロン大学はコンピューターサイエンス分野でMITやスタンフォードと伯仲している)の「大学院」の厳しい環境に耐え抜いてPh.Dを取得した人である。

あちらのトップ校の「学部卒」の日本人なら割といると思うが、博士課程を修了して博士号まで取得している日本人はごく少数である。一日に数十冊読んでやっとスタートラインという世界、一学期終わるごとにクラスの半分が脱落していくような世界だ。ある日本の大学教授が著書のなかで意気揚々と「大学生は毎日600ページ読むべきだ、100ページ以下なら学生ではない」と述べていたが、それどころの話ではない。学術的な書籍を毎日数十冊、一冊当たり10分程度で読み終え、一日に6000ページ読んでようやくディスカッションについていける、というレベルである。

先ほど学部卒と博士号取得の差について軽く言及したが、日本の一般的な博士課程とは違って、アメリカの大学院の博士課程では給料をもらう「研究員」として扱われる。だから、成果が出せなければ即クビを切られる。「あなたにお金を使うくらいなら、ほかの優秀な人に回しますよ」というわけだ。

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それはさておき、この動画では「無意識」について苫米地氏が語っている。

要点を約すると、以下の通り。

・意識と無意識の違いとは、「注意を向けているものが意識」「注意が向いているもの以外が無意識」と区別できる。

・無意識は超並列処理ができるし、実際に私たちはそれをやっている

・無意識は超クリエイティブ

・無意識は疲れ知らず

心理学者を修めている方などからは細かい定義において異論もあるかもしれないが、このブログでは深入りしない。

それぞれについて軽い説明を加えておこう。

・意識と無意識の違いとは、「注意を向けているものが意識」「注意が向いているもの以外が無意識」と区別できる。

→言葉通り。たとえば、人間の視界にはいつも「鼻の頭」が映っているのに、普段は気にならない。鼻の頭に意識を向けることもできるが、普段は無意識になっている。

 

・無意識は超並列処理ができるし、実際に私たちはそれをやっている

→ただ座っているだけでも、私たちはかなりの数の情報処理を行っている。姿勢を調整し、足を組みなおし、ものを考え、呼吸し、消化し、自分の名前が呼ばれればとっさにそちらに意識を向けることができる。ものすごく多くのタスクを並列的に処理している。

 

・無意識は超クリエイティブ

→たとえば、「やりたくないな…」と思ったことに対して、無意識は「それをやらなくても良い理由」をいくらでも考え出す。部屋の中にごみが溜まっているのにゴミ出しを怠ける人は、なんだかんだ理由をつけてゴミを出さない。その理由を次から次へと考えついているのは無意識のはたらき。

 

・無意識は疲れ知らず

→起きているとき、寝ているとき、どんなときでも私たちの無意識は何らかの情報処理を絶えず行っている。

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天才は、無意識を上手に使っている

さて、特に次の3点は注目に値する。

・無意識は超並列処理ができるし、実際に私たちはそれをやっている

・無意識は超クリエイティブ

・無意識は疲れ知らず

この3つは、まさに「天才の特徴」であると思わないだろうか。

 

「情報の処理が並外れて速い(≒超並列的)、次から次へと新しいアイディアが浮かんでくる(超クリエイティブ)、いつも何か特定のテーマについて考えている(疲れ知らず)」は、まさに天才の特徴である

といえないだろうか?

 

やや結論を急ぐと、結局

「無意識をうまく使っている人=天才」「無意識を使っていない人=凡人」

と言える。なぜなら、人間の無意識の力は上述の通り、極めて優れているからだ。

この無意識の力をうまく使えるかどうかで、勉強でもスポーツでも、事業でも創作活動でも、

「圧倒的な結果を軽々と出してしまう人」になるか、それとも「いくら頑張っても天才には及ばないとあきらめている凡人」になるかが決まってしまうだろう。

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無意識を使えば、こういう感じで能力がぐんぐん伸びる! という一例

たとえば、わかりやすく「数学の天才」を例に挙げてみよう。

数学の天才といっても、脳細胞の数は凡人と同じくらいである。脳の容量もそれほど違わない。

違うのは、「意識も数学に向いていて、無意識も数学に向いている」ということだろう。

 

つまり、

①意識的に、四六時中数学について考えている

②意識していないとき――たとえば風呂に入っているときや睡眠中など――にも、数学についての情報を処理し続けている

のである。

 

先ほどの図式にこの「数学の天才」を当てはめると、こうなる。

・無意識で、数学の知識や問題などについて同時にいくつもの超並列処理を行っている

・無意識が勝手に、数学の知識や問題などについて超クリエイティブな発想をし続けている

・無意識が、ずっと数学の情報を処理し続けている

 

逆に、数学について何の優れた能力も持たない人はその真逆である。

彼らは「数学の知識や問題についての超並列処理を行っていない」し、「数学についてのクリエイティブな発想は降りてこない」し、「数学の情報について無意識での処理を行っていない」のである。

 

時がたつにつれて、両者の間にはとんでもない差が開いていくことになる。

かたや「数学について長期間・超並列・超クリエイティブに考え続けている」のに対して、かたや「数学について何も考えていないに等しい」のである。

差がついて当然だ。

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センス、という言葉で片付けるのではなく…

よく「数学的センス」という言葉ですべてを片付けたつもりになっている人がいるが、それは大いなる勘違いである。

 

一般的には「数学=センス、天才の遊び」といった図式が浸透しているようだが、それは違う。

「この子は数学の才能がある」と見いだされた子供は、たまたま、早いころから無意識が数学に向いていた(そのためほかの人よりも数学的経験値が明らかに多かった)、それだけの話だ。

数学オリンピックで優勝する人であろうが、プリンストン大学でアーベル賞を獲った数学者であろうが、飛び級で大学入学した若き天才であろうが、東大数学で6完して120点満点を取得した理三生であろうが、同じである。

 

実際は単に、たまたま数学についての無意識の処理を長期間続けてきたかどうか、が大半である。要は慣れだ。

無意識の処理を長期間積み重ねてきた人は周囲からするととんでもない天才に見えるし、それをしなかった人は自らを凡人だと誤認する。

それだけのことだ。

 

あとはせいぜい、その知識欲を満たせる環境があったかどうか、健康状態や家庭状態や精神状態が正常であったかどうか、その程度である。

このレベルまで行くと「運」という言葉しか使えない。才能では説明できない。

運も才能のうち、というなら別だが…それにしても、現在であればパソコン・スマホ・インターネット・図書館へのアクセス権は誰もが手にすることができる時代である。文字が読めるのであれば、だれにでも門戸は開かれている。

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天才になりきれなかった凡人が天才になるまで

そもそも、脳細胞の数も脳の容量も大して変わらない人の間に、ものすごく大きな先天的能力差を想定すること自体がおかしい。

スポーツの能力の話ならまだ理解できる…スポーツはさしづめ物理世界の話であり、人間の身体的特徴を決定する「先祖代々の遺伝」という要因が絡んでくるからだ。

 

しかし、学問や勉強の能力は「無意識の力を使ってきたかどうか」が大きな比重を占める。「親の年収や生育環境」ももちろん影響する。

 

後者はいまさらどうしようもないので、あなたが本当に知りたいのは

「これから、どうやれば<天才>になれるか」

この一点だろう。天才という言葉は、ここでは「一般的な水準に比べて、ものすごく能力が高いこと」と解してもらいたい。

 

これまでの話を逆用すればわかることだが、天才になるにはどうすればいいかというと、

「自分が天才になりたい分野について、無意識をガンガンにはたらかせる」

ことさえできればよい。あとは時間の経過と無意識の力で何とかなってしまう。

では、無意識をガンガンに働かせるにはどうすればよいか? → 「ゴールとして、自分のやりたいことを設定する」「そのゴールのスケールを、想像の限界まで大きくする」

では、無意識をガンガンに働かせるにはどうすればよいか?

 

答えはシンプルで、

「ゴールとして、自分のやりたいことを設定する」

「そのゴールのスケールを、想像の限界まで大きくする」

この2つである。

 

これを「凡人の数学好き」の例で考えてみると、以下のようになる。

「ゴールとして、自分の本当にやりたいことを設定する」

「そのゴールのスケールを、想像の限界まで大きくする」→例えば、「数学をすべて極め尽くす」「数学に関連する知識を、すべて理解した上で暗記する」「数学のすべてを理解しきる」など

 

あとはそのゴールを捨てずに、大切に取っておくこと。そして人には絶対に言わないこと。

ゴールの臨場感を高めるために、「アファメーション」という技術を使っても良い。

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正直、後は何も、することはない。

「無意識に任せる」だけだ。

えっそれで大丈夫?と思うかもしれないが、大丈夫。

 

「数学をすべて極め尽くす」といったゴールを持っている人は、自然に書店で数学コーナーに行くようになる。

日常生活でも数学について無意識的・意識的に考えるようになる。

数学をどうやって極めようか、どうやってチューリング賞を獲ろうか、そういったことに頭を巡らせるようになる。

慌てて高校数学や大学数学の教科書を買ってきて読み始めるかもしれないし、勉強しなおして大学の数学科を受けなおす意欲が湧いてくるかもしれない。

 

どのくらいの時間が必要かは場合によって異なるが、

例えば「数学をすべて極め尽くす。数学的知識の全てを理解した上ですべて暗記する」といったゴールを持っていれば、

一年も経てば立派な数学オタクになっているし、数年経てば数学の研究者になれるくらいの知識量は身に付く。

基本的にはゴールが高ければ高いほど、成長も早くなる。

 

…これが、「凡人が天才になれる方法」である。

意外と簡単ではないだろうか?

「無意識による情報処理」という道具を使うだけで、簡単にその程度の結果を手にすることができる。

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おわりに

今までやってこなかったのなら、これからやるしかない。

無意識の力を使えば簡単である。

何しろ、無意識に処理してもらえれえばまったく努力感などいらないのだから。

 

実は、「苦しいけど頑張っている」という感覚があるのは危ない。

無意識の力を使った努力に伴う感覚はあくまでも、「なんか、常にやってないと気が済まないんだよね」である。

 

凡人のままでもいいとは思うが、一度きりの人生だし、どうせなら天才になってみたくないだろうか?

 

それでは、また会おう。

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